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2011年9月

2011年9月16日 (金)

イタリア_山旅

イタリア_山旅

 目的は三つありました。(1)ドロミテで有名なドライチンネンを見ること、(2)どこか頂上を踏むこと、(3)氷河を見ること、この3つでした。
 イタリア最大の湖、ガルダ湖の近くのB&B(ベッドと朝食、つまり朝食付き簡易ホテル)に1週間ほど滞在し、イタリア人の友人の案内で上記3つを楽しみました。
 ガルダ湖はイタリアの中央部、平野部が山岳地帯に入るその境界にあり、イタリア最大の湖です。ベローナから車で1時間ほど。このあたりは、イタリア語とドイツ語の両方がいろんなところで表記されています。

9月6日;ドライイチネン
朝8時前にB&Bを出て、少し北上し、トレントで高速に乗る。高速道路の両側に巨大な岩が次々と現れた。北上を続ける。ブレッサノーレで高速を下りて、国道を東に走る。このあたりからドロミテの山が姿を現す。

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ドビャコで南下すること数10分でミズリーナ湖につく。ここまで3時間かかった。

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ここから山岳有料道路。22ユーロ。ぐねぐねと曲がりくねった山道を登り、AURONZO山小屋に着く。標高2320m。下の湖から20分足らずだった。
小屋のすぐ後ろにドライチンネン(3つのチンネ、イタリア語でTre Cime)、写真の小屋は翌朝のものなのでガスがないが、歩き始めた頃は岩は全く見えなかった。

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これは案内板を撮したもの。時計回りと逆回りでTre Cimeを一周する。アップアンドダウンが標高差で400mほど。一周するコースの途中に4つの小屋がある。

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兵隊さんが訓練のためか、上の道を歩いていた。Photo_32

ガスの中、Tre Cimeの北側にでる道を取る。

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この写真の左側にTre Cimeがあるがまだ見えない。

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Tre Cimeが姿を現す。巨大な、では言い表せないほど巨大な岩の塊。ガスが切れる。真ん中が一番高く2999m。

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壁に取り付いている人を望遠で撮る(白いヘルメットが3つ見えた)。

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この写真の上の道を歩いた。下は"高速道路”。

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3番目の小屋についてふり返る。

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ここから谷底まで下がって再び上がる。このときの標高差が400mだった。

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このあたりは第一次世界大戦のとき、オーストリー・ハンガリー帝国とイタリアの激戦地の一つだったので、あちこちにその当時のルートや岩室がある。これは岩室。

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絶壁に細く見えるのが当時のルート、今はFerrataと呼ばれる太い金属ロープがフィックスされていて、一般の登山ルートになっている。ネットから取ったFerrataと。

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周回コースで見たすぐ近くの山。

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一周して最初の小屋迄帰って来た。4時間半ほどの散策だった。

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小屋には下から電気が来ているので、各部屋(ドアー、鍵、ベッド)にある蛇口からはお湯が出た。2食付きで25ユーロ。夕食も朝食もたっぷりでおいしかった。

9月7日;Piz Moe(正確には、eの上に’がつく文字)、3152m

 本日は山頂を踏む日である。昨日登ってきた山道を下りて、西に走る。

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(途中の道で見た風景)

1時間足らずでポルドイ峠に着く標高2239m、ここからケーブルが出ていて2950mまで上がれる。したがって、3152mの頂上まで200m登れば着く。写真左の岩の上にケーブルの終点が見える。

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世界どこも同じ、山には中高年が大勢来ている。

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ケーブルの終点について、本当にびっくりした。これもドロマイトの山だが、草も木も生命を示すものは何もない。月の世界に来たような錯覚を覚えた。

頂上は右奥の人工物があるところである。

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これらの岩の全体がかつて海底にあったと地質学は言う。その壮大な物語。学問の力を見せつけられた。

最初の小屋に向けて歩き出す。

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下りたところに小屋があった。Photo_47

氷河を向かいの山に見ることができた。

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頂上が近くなる。Photo_49

てっぺんは人であふれていた。歩き始めて2時間だった。取った写真はこれだけ、これが頂上の証拠写真である。

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これから下りる方向を望む。無機質の岩ばかり。Photo_51

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下山を開始。ぐるっと回って帰る。

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こんな風景ばかり。

左が頂上、帰り道の途中にある小屋が右に見える。Photo_55

こんなところにもルートがある。Ferrataがフィックスしてあるので、普通の人がそこを行く。

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来るときにあった最初の小屋、帰りはケーブルに乗らずに、この左の急傾斜の斜面を滑るようにして下りた。

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ぐるっと回って5時間の散策だった。

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B&Bに帰る途中で見た風景。

9月8日;Mazza di Pichea(1879m) 本日も頂上を踏む日。

 昨夜ねぐらのB&Bに帰って来たのは遅かった。朝ゆっくりして午前中は休憩。B&Bは標高数100mのところにあるので下の町に下りてお土産を買う。下りる途中先端がとがった稜線が見える。そのうちの一つのピークに行くという。あんなところに行けるのだろうかと思えるようなピークである。山に登るのは午後になった。本日はもう一人地元の仲間が加わった。ロシア系イタリア人のD。

B&Bから車で数10分のところの小屋まで車で行く。小屋から本日の山が見える。

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こちらは気が充実して早く出発したくて、大盛りのスパゲッティーを早々に始末して出発するのを待つのだが、彼ら二人はゆっくりと昼食を取っている。スープと野菜サラダ(パンはいつもたっぷりテーブルにある)。

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「これがイタリア式の山登り」、「午後遅い出発はなぜダメなの、今日は天気はいいし、夕方の薄暗いのもとても素敵だ、今日のコースのなら大丈夫」。

退職した人達がワインを飲んでカードをしていた。

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下の小屋の標高は1056m、頂上は1879m。800mほどの登りである。昨日までのドロマイト山群と違い、まるで日本の山にいるみたいである。

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1600mの山小屋、Bocca di Tratに1時半ほどで着いた。

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今日の山が目の前に見える。あんな尖った山にどうやって登るのか。少々心配だった。

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ところが、立派な山道がしっかりとある。日本の山と同じである。

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第一次世界大戦当時の洞窟がところどころにあった。08_2

もうすぐ頂上である。下から見た岩峰の頂上の裏、右上に本日のてっぺんがある。

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最後は少しだけFerrataを使って頂上に立った。11_2

この先も道は続いているが本日はここまで。

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同じ道を小屋まで下りる。13_3

このまま来た道を下りるのかともっていたら、小屋から向こうに延びている長い長い巻道を行くことになった。

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これが長かった。

ついに下り道の峠まで来た。15_2

もう下山かと思ったら、「この峠の上に行くとイタリアで最大の湖が見られるから、それを見ていこう!」

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  これがイタリア最大の湖だった。(真ん中の水たまり)。まいった!

 本日のハイキング時間5時間半。下に着いたら7時を回っていた。明るかったけれど。

9月9日;氷河を見に行く。Mandron小屋(2449m)往復

 見に行く氷河は、ロンバルディア州の北に位置する氷河ですが、名前を聞くのを忘れた。

B&Bから目的地まで移動する間に見た風景。幼稚園の送迎バス。

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駐車場に車を止めて最初の小屋に向けて歩く。1640mの小屋Bedoleから2449mの小屋Mandronまで800mの登り。

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”小屋”と書いているのはイタリア語で”Rifugo"(避難所)ですが、写真にあるように立派な建物で、2449mでもちゃんとした食事を出してくれます。

ところどころこうした鎖があるが、拾い歩きやすい道。Photo_64

登山者はそれほど多くない。ここが中間地点(Mezzaa Via)。Photo_65

ここまで1時間できた。

氷河が見えてくる。Photo_66

今日は右側の氷河を見に行く。

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登りはこんな感じ。Photo_67

本日の目的の氷河が近くなった。

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小屋に着く。中間地点から1時間半かかった。

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目の前のすぐ近くに氷河があるように見えるが、あそこまで行くのにまだ2時間かかる。今日は日帰りなのでここから引き返した。

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「氷河は遠くから見ると美しいが、すぐ近くでは崩れ落ちた氷と泥と石が混じってとてもきたない」。

友人は岩の上で昼寝するというので、Hは望遠レンズを使って写真を撮る。

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小屋の回りを散策して過ごした。Photo_75

下りの道、向こうに氷河が見える。Photo_76

大分下りてきた。Photo_78

朝の小屋に帰り着く。

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6時間半のハイキングだった。

近くの橋の下を氷河から溶けた水が轟音をたてて流れていた。Photo_80

贅沢な旅でした。                Hh 記

2011年9月14日 (水)

スイスハイキング  La Greina(ラ・グライナ)にて

スイスハイキング  La Greina(ラ・グライナ)にて     

                                                          参加者:HY+1

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                 ピッツ・コロイ(2785m)を振り返る

            

行程:

2011/09/09 11:30 Runcahez(1281m)発-18:10 Cap. Motteracio CAS(2171m)

2011/09/10 8:05Cap. Motteracio CAS(2171m)発-11:15 Pizzo Coroi(2785m)14:30 Cap. Scaletta SAT(2205m)

2011/09/11 8:15 Cap. Scaletta SAT(2205m)発-15:15 Runcahez(1281m)

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                     ライン川にそそぐ

 La Greinaは、ティチーノにある高原。ちょうどここが分水嶺となり、北へ流れる川はライン川の源流となり北海へ、南は地中海へとつながる。主要な山小屋は、いずれもアクセスが容易[1]で、家族連れを含むハイカーが多い。3000m前後の山々に囲まれたこの高原には、その山々から注ぐ川が緩やかに流れ、ハイカーたちは、その平和な草原および湿地帯をゆるやかに上り下りしながら歩く。

 1日目、Surrein(ライン川の上という意味か?)という村から山奥Runcahezというダムまで車ではいり、駐車した。ここからライン川源流に沿ってLa Greinaに向かって登っていく。右手に氷河を被って迫る山々を見、左手にゴーゴーと流れる川の美しいナメに時々目を休めながら、1時間程すると、ぐいぐい急登となる。Terri Hutteには3時間ほど。そこから、広大なLa Greinaを楽しむことになる。

Terri Hutteの手前で、福井県産のおいしいあられを食べていると、先ほど沢の危なっかしいところで追い越した年配の女性が追いついた。友人が、日本のお菓子だと言って進めると、とてもうれしそうに手を出して、口にしてくれた。満面の笑みで、「ゼア・グートゥ(とってもおいしい)」と言ってくれた。彼女は今日はTerri Hutteに泊まると言う。

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            テリ・ヒュッテ

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            by courtesy of M


 高原のところどころにある小さな湖の湖面は、青い空と白い雲と周りの山々を映していて、それらのなんとも美しいキャンバスに、何度も足を止める。覗き込むと、透明の水の中には、小さな藻草たちが、まるで小さな緑の林となってそよいでいるように見える。ゆっくり蛇行する数々の小川の水も透明で、太陽の光にきらきらと輝きながら流れている。おいしそうだなと思うが、どうもスイスの山の水は飲まない方がよさそうである[2]

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             岩の上に立つクロス

 高原のど真ん中に立ったなあと思うと、じきに「この一帯で唯一人間の作ったもの」と友人が言う小さなクロスが置かれた背丈以上ある岩に到着する。右手になだらかな美しい形のピッツ・クロイ、左手に三角錘にきりりと岩肌を見せるピッツ・テリ。どっちに登りたいかと聞かれ、即答、ピッツ・コロイを指差した。

 モッテラツィオ・ヒュッテは、20人ぐらいの人でにぎわっていたが、割り当てられた部屋には友人と私ともう一人のハイカーの3人だけで、とっても静かな快適な夜だった。窓から外を見上げると、まるい月が白く明るく輝いていた。

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                     La Greina 写真奥
Pizzo Coroi, by courtesy of M

 2日目、山小屋の朝食は朝7時。明るくなるのが6時半ごろで、なんか、もったいないようだが、この辺は一般のハイキング用の山小屋で、誰も急がないようだ。

 さて、ピッツ・コロイだが、いたるところにハイキングのマーク(赤と白)およびアルパインルートのマーク(青と白)があるスイスだが、なんと、公式のルートはない。ルートマークは全くない。このことは、前日、ピッツ・コロイとピッツ・テリとどちらに登りたいか聞かれて、ピッツ・クロイと答えてから聞かされた。私は、「へ?」と、一瞬思ったが、少々わくわくした。ただ、マークがないというのは、スイスにしてはあまりにも平凡な山だからなのかもしれないが。

この日は、天気予報に反して、周りの山々の頂上は雲に巻かれて、どのようになっているのか分かりにくかった。公式のルートはないが、誰も登らないはずはなく、山小屋の主人は、山小屋から普通登るルートを教えてくれた。でも、地図で見ると、崖の印のある尾根に向かい、そのどこかをすり抜けて次の尾根に移るようなルートで、この雲の中では、どんな崖に出るのかわからず、私は、地図の上に緩やかに2つの尾根を越えて向こうに向かうことのできるルートを見、そのルートを提案してみた。わくわくする。

思った通り、牧歌的ななだらかな草地が続き、踏みつけて行くことに良心の呵責を感じながら進む。ガレを横切り、尾根にとりつくと、ゆっくり、優しい牧歌的な登りが続いた。ところどころ、人の歩いたルートらしきものに出合いながら、時に動物のルートに従うと必ずしも上に向かうものではなく、だんだん草地はなくなる。クォーツ(石英SiO2、たぶん)の細かい石の尾根では、路らしきものもないし、人が来た印となるケルンもないので少々不安だったが、ケルンを積もうにも、あたりには積めるような石がないから仕方がないか。だんだん石版のじゃらじゃらした尾根になり、頂上近くには、その石版のような岩のほとんどに直径8cmぐらいの錆びたような丸いマークがあった。どこかの本にピッツ・クロイの頂上の岩には雷の落ちた跡があると書いてあるそうだが、どう考えてもこれは雷の落ちた跡には見えない。岩の中の鉄分が錆びたのではないだろうか。頂上は狭く、風が強かった。ケルンが高く積まれていて、その下の穴にカンがあり、中にノートが入っていた。ルートマークはなくても来る人はいるようだ。

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          ピッツ・コロイ頂上のケルン

下りのルートは、スカレッタ・ヒュッテに向かって西の尾根を取る。これもまた登山道はないので、地図で、良さそうなルートを見定める。それでも、ところどころ、人の歩いた跡があり、積み上げたケルンもあった。ヒュッテに向かって尾根は続くが、この尾根の最後は切り立った岩場なので、途中のピークからかすかに出ている尾根に取り付いて下ることにした。でも、その場所まで来ると、尾根ははっきりしていないし、完全なガレ。もう少し尾根を進んでみた。でも、ますます下るのが難しそうなガレだった。それで、予定していた下りの尾根まで戻り、ざくざくとガレに足を踏み入れ、ガレを滑らせながら、下った。下の方に、登山道が見え、ハイカーたちが、めずらしそうに私たちを見上げていた。もう、ここからは、地図はどうでも良く、歩けそうな場所を見つけながらジグザグに下った。

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       ピッツ・コロイの尾根からガレを下る

登山道に出ると、スカレッタ・ヒュッテまで30分とある。「え?もう30分で着いちゃうの?面白くない!」すると、友人は、大丈夫、寄り道するからと言って、目の前の岩場に入って行った。その岩場を越して向こう側に降りると、沢が流れていて、なかなかいい場所。友人は、見せたかったのはこれじゃなくて、と更に先に進んだ。すると、今越えてきた岩場の下あたりに大きな岩のアーチがあった。

「ほ~!」

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           ARCO(アーチ)

スカレッタ・ヒュッテは小さな子供連れの家族もいて、大変な賑わいだった。割り当てられた部屋も大きく、ほとんど全て埋まった。かろうじて窓際のスペースが与えられたので涼しい風に当たることができたのが良かった。一昨日出会った老婦人も来ていた。思わずうれしそうに何か話したが、ほとんどわからないドイツ語、どうやってわかったのか、今思うと不思議だ。

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                   高原のアート    

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                    山にベールがかかってくる

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                  La Greinaの川の流れ

3日目、スカレッタ・ヒュッテから、La Greinaの高原を川沿いに歩きながらゆっくりと下った。出発した時には雲ひとつない空だったが、次第に山の上では雲が、始め、美しいベールに舞い出した。都良香の『富士山記』に出てくる富士山の頂上に舞う天女もこのようなベールのような雲の舞を見上げて人が語ったのかもしれないと思った。この優しい雲のベールも、あっと言う間にもくもくと広がり、あたりの山を覆い始めた。私たちは、いつまでもいつまでも、ゆっくり蛇行する川に沿って、川と一緒にゆっくりと下って行った。

                                                         H.Y. 記


[1] 登山口(駐車場)までバスがある。

[2] ご存じの通り、牛や羊の放牧で大腸菌がいっぱい。

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