« 2011年11月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月

2012年1月23日 (月)

護摩堂

1月22日、例会山行の日でしたが、新年会に参加できなかった者たち(K林、O田、HY)で護摩堂に山スキーに行きました。H川さんの報告にあります白山、私達も対面してきました。麗しい白山に対面することができ、感激しました。

Hakusan_viewed_from_gomando_3 

2012年1月22日、中山谷山(791m)

前夜は小浜の民宿で新年会であった。皆以外と早く寝た。

料理はおいしく話も楽しくアルコールもまあまあ飲んだのに、寝たのは9時過ぎでなかったか。

その分朝早く起きて、今日の山、中山谷山(791m、国土地理院の三角点名は田歌)へ。

「下亟」を8時前に出て、小浜から162号に入り名田庄。

Naka44_2

「八ヶ峰家族旅行村 6km」の看板で左に入り染ケ谷へ(地元では、シンガタンという)。

重機が空けた道の終点まで。松岡町や大野市から来た仲間は名田庄の雪の多さにびっくりしていた。

総勢9名のうち、輪っパが2名、あとの7名はスノシュー。どちらがスピードがあるか、言うまでもないことでした。

Naka03_2

林道を歩くこと30分余。いよいよ尾根に取りつく。

(コースは地図を参照、この図はカミューさんの提供による)

2012_01_22_2

Naka06_2

Naka07_3

Naka08

先頭の力強いラッセルをご覧下さい。後から付いていくものが楽だったこと!

多謝。

Naka09_2

Naka10

Naka11

571mまで中程度の登り。心配して天気も雨が降るどころかどんどんよくなってくる。

Naka14

Naka15

県境尾根に出てからは数度の上り下りを繰り返し、最後に急な登りを上ったところで、県境尾根から外れて京都府に入る。

Naka13

Naka16

Naka18

Naka23_2

頂上が近くなるにつれてブナも出てくる。「白山が見える!」とMさんの声に皆目をこらして遙か彼方を眺める。真っ白の白山が確かに見えた、感激である。

Naka24

(この写真でははっきり見えませんが、肉眼では確かに見えました)

頂上には11時45分頃着いた。雪のテーブルと作って昼食となる。

S

Naka26

12時半前には頂上を後にした。この頃にあるとすっかり青空。

Naka29

Naka33 Naka42

このような谷の流れを見ると春も近いのでないかと錯覚する。

Naka43

車を止めたところに2時過ぎには下りてきた。参加者満足の山行でした。

                                                                                                                  Hh記

2012年1月 2日 (月)

大菩薩嶺・甲武信岳

 

 2012年正月 

 

あけまして おめでとうございます

 

Dscn0053_4 

 2012年元旦 初日の出 (甲武信岳より)

 

― 山行エピローグとしての山行記録プロローグ ―

 

201212日朝、NHK総合。

 

北上川の清流を遡上する鮭。2011年夏、ふるさとに帰ってくる鮭のために、下流の石巻の海底の瓦礫をダイバーたちが引っ張り上げてきれいにした。そして、今年も鮭はふるさとに戻って来て、人々は変わらぬ自然の命の営みに希望を見た。

 

 岩手のお寺の住職を長年務める瀬戸内寂聴さんの講和に人々が集まっていた。母を津波で失った女性が涙を流しながらつらい思いを語った。寂聴氏が、言葉をくぎりながら語った。「つらかったわね。人はね、逆境にあってもね、必ずね、それをばねにしてね、また、強く生きて行く力があるのよ。そういう力が、人にはあるのよ。」

 

 田部井淳子さんのふるさとは福島。大学へ行くためにふるさとを離れた田部井さんは、大学に入ってすぐに心を病み、休学し、ふるさとに戻った。磐梯山に登った田部井さんは、力強く、太く、高く立つふるさとの木々に力をもらった。そして、大学に戻った。昨年、ふるさと福島のために自分に何ができるかと、地元の人たちを山へいざなった。安達太良山に参加した人たちのひとり加藤さん。この山登りを自分の出発点にしたいのだと。みんなから遅れ、霧に包まれる頂上には、加藤さんの姿はない。たどりつくことができないのだろうか。ようやく加藤さんが霧の中から現れた。頂上にタッチ。加藤さんの涙と一緒に、私の眼からも涙が出た。

 

 

 

大菩薩嶺(2056.9m)・甲武信岳(2475m)

 

20111230()201211() 

K(L)K藤、H

 

20111230() 大菩薩嶺

 

 

上日川峠10:00-大菩薩嶺11:45-雷岩で昼食-大菩薩峠13:10-上日川峠14:15

Daibosatureiroutemap_3 

http://www5.ocn.ne.jp/~touge17/map.html より

 

 上日川峠まで、車で曲りくねる道をどんどん高度を上げた。時折富士山の姿が見え、その都度、声をあげた。

 

 ロッヂ長兵衛。駐車はここだ。青い空。からからの青い空。空が高い。空の低いじめじめした北陸から、別世界に来てしまったようだ。笹原にカラマツがすっくと立ち並ぶ林を行く。太陽がぼかぼかとして、冬とは思えない。富士山は、惜しげもなくその麗しい姿を相変わらず私たちに見せる。大菩薩嶺は林の中なので、雷岩に戻り富士山に向かって座って昼食を摂った。

 

 雷岩から大菩薩峠までの稜線は360°の展望だが、やはり、目は富士山にくぎ付け。ダム湖をひかえた富士もまた、美しかった。大菩薩峠には、10人ばかりのヘルメットにレオタードのマウンテンバイク姿の人たちがいて賑やかだった。

 

 その大衆はやがて峠から嶺にかけての、あたたかい陽を受けたカヤトのあちこちに群がっていた。花やかな女だけの一団もあれば、相思らしい二人組もある。夜行の寝不足を補う昼寝をむさぼっている者もあれば、円陣を作って合唱している組もある。底抜けに晴れ上がった秋天の下に、健康な青春謳歌の風景が展開されていた。もう私の頭から文学的・歴史的懐古など跡形もなく消えて、だたさわやかな生命の息吹を感じるばかりであった。(『日本百名山』70 大菩薩岳より)

 

 

Dscn0022_3 

Dscn0025_2

Dscn0027_2

Dscn0029_2

Dscn0032_2

 

 

 

 

 

20111231()201211() 甲武信岳

 

20111231()東沢山荘駐車場7:30-西沢山荘登山口8:00(徳ちゃん新道)-昼食12:00-木賊(とくさ)山13:00-甲武信岳山荘13:20(宿泊手続き)-甲武信岳13:50(頂上で歓談)-甲武信岳山荘14:50

 

201211()甲武信岳山荘6:30-御来光見に登る-甲武信岳山荘7:45-雁坂峠11:25-東沢山荘駐車場14:15

 

 

 山の形は遠望して際立って特徴があるわけではないが、三国に跨っているということは、連嶺上の突起にすぎない単純な山よりも、姿態が複雑である。甲武信岳から、千曲川、荒川、笛吹川、三つの川の源流が出ている。その点から言っても、甲武信は奥秩父のヘソと言いたい山である。甲州、武州、信州から、その川の源を深く探って行くと、どちらからもこの山の頂上に出る、というのもおもしろいではないか。頂上に降った一滴は、千曲川に落ちて信濃川となり日本海に入る。他の一滴は荒川に落ちて大東京を貫流し東京湾に注ぐ。さらに次の一滴は笛吹川に落ちて富士川となり太平洋のものとなる。(『日本百名山』67 甲武信岳より)

 

Kobushiroutemap_2   

http://fallline.exblog.jp/8390385/ より

 

 

20111231()

 

 6時起床ということだったが、余りの寒さに耐えきれず5時半に寝袋から這い出てテントの外に出た。満天の星。道の駅の広いトイレの中で時間を潰し、もうすぐ6時になる頃、テントへ戻った。テントに入る前に、今一度空を見上げたら、大きく長い尾を引いた流れ星を見た。瞬時、何か願い事をした気がする。

 

 東沢山荘は営業していなかったが「一日500円」という小さいボール紙がひもを張った山荘の駐車場の前に立てかけてあった。無料駐車場はかなり広いのに、その横に有料駐車場が有り得るのは、シーズンにはかなりの人出で賑わうのだろうと思った。そこから車道を歩くこと20分余り、もう閉鎖しているというりっぱな西沢山荘登山口に着く。下草が全くない山の斜面は木の根っこがむき出しになっていて、福井の嶺南の山を思わせた。ここもかなりシカに下草を食べつくされているのだろう。

 

 徳ちゃん新道は、ひたすら登り一辺倒で、ふと後ろを振り返ると富士山が見え、それからは振り返り振り返り富士山を確認した。だんだん尾根も狭くなり、両側がすっと~んと落ちる斜面になって行った。林が切れて岩が露出し陽のあたる眺望の良い場所で昼食とした。

 

Dscn0034

 

 それから木賊(とくさ)山、甲武信小屋へと、石楠花の林が続く。たいした石楠花の林で、どんなに目を凝らしても、林の奥深くまでずっと石楠花の林だ。

 

 粉のような雪は2000m手前ぐらいから現れただろうか。大晦日の日に、こんなに少ない雪でこんな高い所にいるなんて不思議な気がした。アイゼンを履いて降りてくる人もいたが、登るのに全くアイゼンは必要なかった。スパッツも用なし。乾いた雪が、キュッ、キュッ、と音を立てた。ちょっと雪道らしくなってくると、少しうれしかった。

 

 「わがまま、きまま、よろしい」というリーダーに甘えて、山小屋素泊まりに変更させてもらったので、甲武信小屋に着くと、早速宿泊の手続きをした。甘酒をいただいた。ザックを置き、頂上へ向かった。

 

富士山が裾野を優美に広げて南に鎮座し、山々が「はは~っ」と四方に並み居る。360°見える山は全て見えた。地図を広げて山の同定をしていると、毛木平の方から上がって来たとスーさんと言う人が、「あれはね」とひとつひとつ山を指差して名前を教えてくれた。

 

Dscn0038

 

今日は大晦日。甲武信小屋の主人「徳ちゃん」は生憎留守だったが、登山客も従業員も馴染みの人たちが多いらしく、大晦日と言うことで、まるで大きな家族が集合したみたいだった。「大晦日、正月だと言うのに、家にはいられない事情があるんだよ。」と言い合ってはいたが。夕食後は素泊まり客も大晦日のつどいに誘われて、おしゃべりをした。四谷でライブをするという従業員の爪さんが即興の歌をギターを弾きながら歌って、大いに盛り上がった。

 

Dscn0045

 

201211()

 

 今日は201211日。年が明けた。昨夜、寝る前は満天の星だったのだが、朝5時頃、もう空には星の影は何も見えなくなっていた。今日は曇りなのだろうか。気温は零下10℃。確かに温かい。雲が天を覆っているせいなのだろう。周りが何も見えないのでは甲斐がないかもとは思ったが、一応、アイゼンを付けて上に向かった。途中の見晴らしの良いところで、皆が御来光を期待して待っていた。四方八方、真っ白だった。と、誰かが「お~」と叫んだ。それにつられて他の人たちも「お~」と叫んだ。かすかに八ヶ岳連峰の端っこの雲が晴れたのだ。あたりの山が全く見えない時は、こんなことでも、みな、大いに心を踊らされるのだ。「待ってれば、見えてくるかもしれないよ。」と誰かが言うと、みな、そんなつもりになった。山小屋のサワさんが秩父錦をお神酒として振舞ってくださった。とてもおいしかった。本当に、雲が動き始めた。周りの山々が見え始めた。御来光も見え始めた。ただ、富士山の前に立ちはだかる雲だけが、なかなか動こうとしなかった。それでも、みな、待った。待って、待って。。。降りて行く人もいた。でも、待って、待って。。。富士山が、とうとう姿を見せた。。。

 

Dscn0049

Dscn0050

 

Dscn0052

Dscn0059

 

 

 

 下り、昨日スーさんが薦めてくれた雁坂峠への尾根を進んだ。いつの間にか雲は晴れて、青空になっていた。甲武信岳-雁坂峠-西沢のルートは下りでもコースタイムが6時間20分の長いルートだが、このルートがこの3日間で一番すてきなルートだった。2000m以上をアップダウンを繰り返し、キュッ、キュッ、という雪を踏みしめながら笹とカラマツやダケカンバの林を行く。すっかり葉を落とした木々に真っ白の樹氷の花が咲いて、真っ青な空を背景に、それはそれは美しかった。富士山も惜しげもなく裾野を広げたその美しい姿を見せてくれた。

Dscn0062 

Dscn0064

Dscn0067

Dscn0068

Dscn0069

Dscn0070 

Dscn0071

Dscn0076

Dscn0078

 

 

 雁坂峠からは、ぐねぐね、ぐんぐん、高度を下げた。富士山ともいつしか別れを告げずして別れ、厚く凍りついた沢沿いに進むうちに林道に出、車道に出、只管1時間。東沢山荘の駐車場に辿り着いた。

 

HY

 

HY’s Gallery: http://www.flickr.com/photos/10966094@N00/

 

 

« 2011年11月 | トップページ | 2012年2月 »